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四面楚歌とは!由来意味、項羽故事使い方、作者現代語訳わかりやすく

西楚の覇王項羽は垓下の戦いで、前漢の初代皇帝高祖劉邦から、四面楚歌に追い込まれたのです。 四面楚歌に陥った項羽は、愛人の虞美人に、垓下の歌を与えました。虞美人が中国四大美女に匹敵する美人だったからこそ、垓下の歌も、後世に伝わったのではないでしょうか。 そして西楚の覇王項羽は、四面楚歌で大敗した後、江東での王の地位を放棄しました。項羽の生きる目的は、祖父項燕の仇である秦を倒した時点で、成し遂げられていたのでしょう。 ちなみに、ことわざの四面楚歌の読み方は、しめんそかです。 故事成語の四面楚歌のエピソードを、 ...

死せる孔明生ける仲達を走らす!意味由来、史実あらすじ現代語訳解説

故事成語の死せる孔明生ける仲達を走らすは、諸葛亮の神謀に翻弄された、司馬懿の姿が由来です。 そして司馬懿は、死者の策略は対処する難易度が高い、と嘆息しました。諸葛亮クラスになると死すらも、策謀に使えるのでしょう。 また、死せる孔明生ける仲達を走らすは、兵法三十六計の借屍還魂なのです。死者の力を上手く利用するほどの人物、であってこそ、名軍師なのでしょう。 他にも、司馬懿の仮痴不癲の兵法も説明していきます。諸葛亮に翻弄されるだけで終わらないのが、司馬懿の底力でしょう。 ちなみに、死せる孔明生ける仲達を走らすの ...

背水の陣を敷く!意味由来、使い方エピソード、ことわざわかりやすく

前漢の三傑の国士無双韓信は、故事成語の背水の陣で、張耳と刎頸の交わりだった陳余の大軍に勝利しました。 西楚の覇王項羽は強敵章邯に勝利するために、背水の陣と破釜沈船を行ったのです。元々勇猛な項羽に背水の陣が加われば、向かう所敵無しなのでしょう。 そして日本史の上杉謙信は逆に、柴田勝家に背水の陣を敷かせることで、手取川の戦いで勝ちました。柴田勝家が自分から背水の陣を敷いていれば、上杉謙信に勝利出来たのではないでしょうか。 また、国士無双韓信が陳余を敗北させたのは、背水の陣を敷いたからだけではありません。背水の ...

鴻門之会の剣の舞!あらすじ登場人物わかりやすく、現代語訳問題解説

前漢の初代皇帝高祖劉邦と西楚の覇王項羽の鴻門之会では、項荘だけでなく項伯も、剣の舞を披露しました。 項荘は鴻門之会で亜父范増から、沛公に最後をもたらす命令を受けていたのです。范増自身が剣の舞をしていれば、確実に劉邦を成敗出来たのではないでしょうか。 そして項伯は、劉邦の秦攻めがあったからこそ、覇王項羽の秦占領が成功した、と考えていました。沛公は項伯という強力な味方を得て、鴻門之会からの生還の可能性を高めたのです。 また、劉邦には腹心の樊噲がおり、頭髪上指す威圧感で鴻門之会に参戦しました。項羽も勇猛な武人の ...

万里の長城と始皇帝!作った人物蒙恬、目的地図長さ、特徴歴史も解説

秦の始皇帝嬴政と蒙恬は、世界遺産の万里の長城を作った人物としても、知られています。 万里の長城は、匈奴対策として秦の始皇帝と扶蘇と蒙恬が、作ったのです。ですが、秦にとっての本当の敵は、匈奴で間違いなかったのでしょうか。 そして秦の始皇帝嬴政たちは、万里の長城を10年ほどで建造したのです。約10年もかけて建築しても、趙高の法律の悪用があっては、国を守るのが難しいのでしょう。 また秦の始皇帝の息子の扶蘇は、焚書坑儒に激しく抵抗したため、万里の長城に向かわされました。万里の長城は秦を守ることよりも、破滅させる方 ...

空城の計!三国志孔明、三方ヶ原浜松城、失敗、史実意味わかりやすく

三国志の司馬懿は、蜀漢の北伐の際に孔明の罠を恐れ、諸葛亮の空城の計に騙されたのです。 江戸幕府初代将軍の徳川家康も、三方ヶ原の戦いの際に、空城の計で難を逃れました。もしも家康が、信玄に最後を加えられていたら、江戸時代の長い平和も、成立していなかったのではないでしょうか。 そして魏の文聘も、呉の初代皇帝孫権が大挙して来たので、空城の計を展開したのです。赤壁の戦いで曹操に大勝しても、魏には文聘らの名将がおり、孫権の思い通りにはなかなかならないのでしょう。 また、五虎大将軍の趙雲も、黄忠を救うために空城の計を行 ...

泣いて馬謖を斬る!意味由来、故事成語誤用、後日談エピソードも解説

故事成語の泣いて馬謖を斬るは、三国志の諸葛亮孔明が重用していた弟子の馬謖の大失敗に、厳罰を加えたことに由来します。 蜀漢の李邈は、諸葛亮の泣いて馬謖を斬るが誤用だ、と主張したのです。かつて楚の成王は、有能な武将に厳酷な対応をしたことで、権威を失墜させてしまいました。 そして、諸葛亮の泣いて馬謖を斬るの本当の意味は、主君劉備の助言にある、とも言われています。劉備がもっと長生きしていれば、諸葛亮も馬謖を失わずに済んだのではないでしょうか。 また、諸葛亮の後継者蒋琬も、泣いて馬謖を斬るが誤用だと述べたのです。馬 ...

刎頸の交わり!由来あらすじエピソード、類語、意味わかりやすく解説

完璧の故事で知られる藺相如と闘将廉頗は、刎頸の交わり関係でも有名なのです。 刎頸の交わりで後世知られている廉頗と藺相如は、初めは敵対していました。藺相如と廉頗は異なる才能を持っていたので、理解するまでに、時間がかかったのでしょう。 そして、楚漢戦争で活躍した張耳と陳余も、刎頸の交わり関係で、有名だったのです。しかし廉頗や藺相如と異なり、陳余と張耳は、最終的には戦を行い陳余に最後が来ました。 また、三国志の劉備と牽招も、刎頸の交わり関係として伝わっています。ですが劉備と牽招は、対立する勢力に所属し、あまり連 ...

荘襄王!始皇帝父親、嬴政母親、妻趙姫、ろうあい呂不韋、兄弟も解説

荘襄王は、始皇帝嬴政の父親と言われている、秦王です。 呂不韋は奇貨居くべしと考え、荘襄王を厚遇しました。荘襄王自身も、自分を秦王としていれるような逸材を、探していたのではないでしょうか。 そして荘襄王の妻趙姫が、呂不韋の子供を妊娠していた可能性もあるのです。始皇帝嬴政の父親が呂不韋なら、秦王室は子嬰以前に、滅びていたことになるのではないでしょうか。 また、魏の信陵君が秦を追い詰めたので、荘襄王は離間の計を展開しました。信陵君が魏に君臨していた場合、始皇帝の天下統一も、遠のいたのではないでしょうか。 他にも ...

張良とは!史記軍師最後、名言、韓信蕭何、劉邦妻、陳平能力も解説

張良は前漢の三傑にして、三国志でも我が子房として高評価されていた、美人軍師だったのです。 国士無双韓信が、劉邦からの冷遇を恨む中、張良は留侯の地位で甘んじました。劉邦は功臣でも粛清したので、張良の選択は正しかったと言えます。 そして張良は、劉邦の妻の呂雉の後継者問題を、解決してあげたのです。張良がいなければ、戚夫人の息子劉如意が、皇帝になっていたかもしれません。 また、劉邦が酈食其に惑わされた際に、張良は八難を主張したのです。酈食其は韓信からも見限られたため、そこまで優秀ではない武将なのでしょう。 ちなみ ...

劉邦と劉備!似てる子孫、性格どんな人?三国志関係比較、項羽も解説

前漢の初代皇帝高祖劉邦の子孫が、三国志の蜀漢の昭烈皇帝劉備なのです。 三国志には、劉備だけでなく江東の小覇王と称された、孫策がいます。劉邦の宿敵西楚の覇王項羽の再誕、と言うべき武将なので、若死にが悔やまれるでしょう。 そして、三国志の劉備に優秀な部下がいたように、祖先の劉邦にも前漢の三傑の張良や韓信や蕭何がいました。劉邦や劉備のように皇帝になるには、有能な家臣に慕われなければならないのでしょう。 また劉邦の方が、三国志の劉備よりも度量が広く、仇をも味方と出来たのです。やはり劉備は、劉邦の子孫に過ぎない偉人 ...

成蟜!始皇帝嬴政兄弟、史実の乱死亡、母親妻、実在いいやつ?も解説

成蟜は秦の始皇帝嬴政の弟で、反乱を起こして最後を迎えました。 長安君成蟜は、突如として悼襄王に味方しましたが、秦に制圧されたのです。悼襄王には龐煖将軍がいたため、もっと龐煖と連携していれば、勝機はあったでしょう。 そして成蟜の父親の荘襄王は、文信侯呂不韋の多大な貢献で、秦王になりました。呂不韋を上手く利用すれば、成蟜も秦王に就任出来たかもしれません。 また、最後の秦王として趙高を成敗した子嬰が、成蟜の息子だった可能性があるのです。子嬰が秦王になるまで成蟜が生きていれば、劉邦や項羽に対抗出来たのではないでし ...

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